[ニュース展望]化学物質の排出 企業に報告義務づけ

 企業が環境中に排出している化学物質の種類や量を国に報告させ、公表する制度を盛り込んだ「特定化学物質排出管理促進法案」が国会に提出された。排出状況をガラス張りにすることで企業が自主的削減に取り組むことを狙ったものだ。「環境汚染物質排出移動登録(PRTR)」と呼ばれるこの制度は、米国やカナダ、英国、オランダなどで既に法制化されている。国内でも法案を先取りする形で排出量 を公開する企業も出てきた。しかし、効果を上げるには行政、企業、市民が一体となった取り組みが必要だ。

 ●対象広く、外国では効果 私たちの身の回りには数多くの化学物質が存在している。工業的に作られている化学物質だけで約10万種類あるとされる。  発がん性など有害性を個別に明らかにしたうえで排出規制や使用制限を加える形をとってきたのがこれまでの化学物質対策だった。だが、規制に持ち込むまでには費用や時間がかかり、数多くの化学物質を相手にするには限界があった。  そこで出てきたのがPRTR制度だ。米国では、制度を導入した1988年からの10年間で、対象物質の排出量 が約半分になった。  法案によると、人の健康を損ねたり、動植物の生息・生育に支障を及ぼすおそれのある化学物質が報告対象。ごみ焼却場などから非意図的に排出されるダイオキシンも含め200〜300物質になる見通 しだ。  国は届けられた情報を業種や地域別に集計、公表し、都道府県にも提供する。家庭や自動車、農地などからの排出量 も国が推計する。環境庁環境安全課は「企業は他社と比較されることで切磋琢磨(せっさたくま)することになる」と効果 を強調する。  例えば東芝は97年度の環境保全活動をまとめた環境報告書の中で、塩化水素やキシレン、鉛化合物など41物質の排出量 を公表し、排出削減に取り組む姿勢を打ち出した。「化学物質の排出量を削減すればコスト削減につながるし、結果 として企業イメージの向上にもなる」という。  しかし、PRTRが実効性を持つためには、情報の公開だけでは不十分だ。  企業は、データを公開することが企業の利益につながるという認識を持ち、化学物質を使用する理由や危険性など、市民の疑問にきちんと答える必要がある。  市民の側も、排出削減に努力する企業とそうでない企業を選別する目を持たなければならない。  国や地方自治体は、データがいたずらに独り歩きしないよう企業と市民のパイプ役になるとともに、データを環境対策に生かす取り組みが求められる。

 ●手数料など公開に課題も  法案に対しては、環境NGO(非政府組織)や地方自治体から、不備を指摘する声も出ている。  まず、個別企業の情報は国民の請求がない限り開示されず、請求手数料も必要なことだ。米国では一律開示されインターネットなどで簡単に入手できる。「国民全員に必要な情報とはいえないし、情報を得る場合は受益者が一定の負担をするというのが法律の考え」(環境庁環境安全課)というが、情報を国民から遠ざけた形だ。  企業秘密は公開されないが、その判断は業界の所管官庁がする。「厳密に判断するので、非開示になることはほとんどない」(同)というが、環境NGOは「官庁が業界を守る従来の護送船団方式と一緒だ」と指摘する。報告は国が受けるが、自治体からは「事業者へのきめ細かな指導が可能な自治体を通 じて報告を集める方が精度も高くなり、市民の意識も向上する」(神奈川県)などの不満も聞こえてくる。  さらに「人の健康を損なう恐れ」がはっきりしないため、環境ホルモン(内分泌かく乱物質)の疑いがある物質の多くが、対象から外れそうなのも問題だ。  社民党は、報告先を都道府県にし、企業秘密の判断を第三者機関が行うことなどを盛り込んだ独自案をまとめており、民主党も検討中だ。制度をより良くするための国会論議が望まれる。

[毎日新聞1999年3月30日]